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暑い八月がやってきました。短歌雑誌『槻の木』八月号巻頭の今月の歌を更改しました。
今月は、特別にここに転載いたします。「憲法九条」についてお考え頂くために。
【短歌雑誌『槻の木』八月号巻頭の「今月の歌」の転載】
八月の歌 正田 篠枝
子と母か繋ぐ手の指離れざる二つの死骸水槽より出づ (『さんげ』)
作者正田篠枝は昭和二十年八月六日、広島市御幸橋近くの自宅で被爆した。原爆被
害の惨状を数多くの短歌に詠み、昭和二十一年三月(奥付は二十年十二月)、ひそかに
歌集『さんげ』として刊行した。これは原爆体験を詠んだ最初の歌集であり、もっと
も生々しい記録である。私は『昭和万葉集』編纂作業の最中にはじめてこの歌集を読
んだ。作者は後に次のように書く。「その当時はGHQ(連合軍最高司令部)の検閲
が厳しく、見つかりましたなら必ず死刑になるといわれました。死刑になってもよい
という決心で、身内の者が止めるのに、やむにやまれぬ気持ちで、秘密出版をいたし
ました」。GHQの検閲といっても今やわからぬ人のほうが多いかも知れない。出版
物はすべて、GHQの検閲が必要であった。短歌雑誌でさえ、検閲によって発行禁止
になったり、部分削除や抹消が命じられた。まして原爆被害の実情など、断じて公に
してはならぬ、禁止情報であった。それをあえて出版した作者の勇気はどれほど讃え
ても讃えきれない。篠枝は四十年六月、原爆症乳癌で亡くなった。 (来嶋靖生)
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