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れんだいこのカンテラ時評№1235

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 9月23日(火)12時02分7秒
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   なぜ日本がホロコーストされるのか考

 このところホロコースト絡みの論考を連続している。筆が進まないのは扱う内容が難しいからである。新たに本稿を加える。論題は、「なぜ日本がホロコーストされるのか。これにどう処すべきか」である。先に「ホロコースト日本論」を述べたが、こう問う者は私が初めてだろう。但し、こうはっきり問わないだけで同じような思いを持つ者が居るはずであろうから、そういう人たちには興味の湧く問いであろう。本稿を読んでなおカエルのツラにションベンの者はよほどの極楽トンボであろう。

 「なぜ日本がホロコーストされるのか」。結論から述べると、それは、日本が現在の国際ユダ屋の世界支配秩序を崩す可能性を持つ有力勢力の一つだからである。今や全く従順に馴致、飼育されている感のある戦後日本が何故に国際ユダ屋の世界支配秩序を崩す可能性があるのか。

 これに答えられる者がいるだろうか。恐らくいない。何ゆえか。それは「れんだいこの原日本論新日本論」を媒介せずには解けないからである。それほどに「原日本論新日本論」の価値は高い。この見解は決してれんだいこ独自のものではない。有益系の学識を煎じ詰め、したたり落ちるものよりもたらされたものなので、同じような煎じ方をした者が居れば同様の見解に辿り着こう。

 「これにどう処すべきか」。これを「れんだいこの原日本論新日本論」でトレースすればどう解けるのかの解を開陳する。日本がホロコーストされるべき理由は、現在の国際ユダ屋の世界支配秩序を崩す可能性を持つ有力勢力の一つだからであり、今や全く従順に馴致、飼育されている感のある日本が何故に国際ユダ屋の世界支配秩序を崩す可能性があるのかの問いに対して、れんだいこは、こう答える。

 その前に諸賢の解を待ちたい。待てど暮らせどそういう解は提起されないだろうが、もったいぶることにした。なぜなら、れんだいこ自身が今、論を発酵中なので多少時間稼ぎする必要があるからである。
 
 

れんだいこのカンテラ時評№1234

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 9月 3日(水)19時20分1秒
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   ホロコースト日本論

 2014.7月来のイスラエルによるガザホロコーストを注視し、翻って次のような気づきを得たので発表しておく。アウトライン描写ながら、れんだいこの気づきを公開しておく。

 今ガザでは人の最低限生活のライフラインさえもが意図的故意に壊され、それでも逞しく生きているパレスチナ人を確認することができる。ガザホロコーストの残虐非道ぶりはめったに報道されないが、たまの報道の隙間からかく窺うべきである。

 日本ではガザホロコーストを他人事と思ったり、イスラエル支持寄りの姿勢で論調する者が大多数のように思われるが、これは敗戦国現象である。即ち、去る日の第二次世界大戦に敗戦し、戦勝国側の国際ユダ屋支配秩序に馴致され飼育させられているからに過ぎない。それは丁度福島原発被災民に対する無関心と軌を一にしている。はっきり言っておく。それは滅びの道である。

 思うに、日本は、ガザホロコーストと無縁であるどころか既に「西のガザ、東の日本」と位置づけられるようなホロコースト被災民仲間ではないのか。違いがあるとすれば、「西のホロコースト」がハードタイプであるのに比して、「東のホロコースト」はソフトタイプと云うことなのではないのか。こう捉えることで始めて今、現に日本で進行中のあれこれの変態事象が説明つく。

 この変態事象を挙げようとすれば全分野において多重多角多面的であるのでキリがない。要するに日本が国家としても民族としても社会としても滅ぼされようとしており、あるいは溶かされようとしている。そのサマは暴力的、薬害的、中毒的、汚染的、白痴的、痴呆的、少子化的、貧困化的、多重債務化的等々あらゆる悪の仕掛けの術中に嵌められている。

 政治が、これを阻止するのではなく、どんどん呼び水すべく立ち働いている。この方向に照準が合わされ、これを請け負うと誓約した政治家のみが国際ユダ屋の後押しで権力の出世階段を上り、売国狂態政治に呆けている。

 こういう政治の愚劣化は1980年代初頭の中曽根政権と共に加速した。連中は口では愛国者然、民族主義者然と唱えるが、その裏で売国政治に勤しむのが特徴である。こういう政治がもう既に30年余続いている。それにしては日本丸はよくぞ持ちこたえているなと感心させられるほどの粘り強さではある。この認識が現下の日本を捉える大きな構図となるべきではなかろうか。この構図下で個々の分析をすれば良い。この逆を説く論説が現れたら大きく眉唾すればよい。

 今や日本を語るのに、「西のガザ、東の日本」の位置づけでホロコーストとして見なさなければ正鵠を得ないのではないのか。そういう生体実験が続けられているのではないのか。福島原発事故対応のお粗末さは、生体実験日本の象徴なのではないのか。かく認識し、日本を見据えれば次から次へと見えてくるものがある。ここを共認識することが次の時代の政治の第一歩となるべきではないか。自公民、その亜流政治なぞ評するに足りない。
 

れんだいこのカンテラ時評№1233

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 8月22日(金)20時02分37秒
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   ホロコーストの原義考

 ここで「ホロコースト(holocaust)の原義考」をしておく。「ホロコースト」は現在、「ナチスによるユダヤ人迫害」を指して使われている。ホロコーストの史実性詮議はさておき、ここでは何故に「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる概念が被せられているのか、その不自然さに対する解を求めたい。

 その為にまず「ホロコーストの原義」を確認しておく。どうやら旧約聖書の創世記の章での「ユダヤ民族の直接の父祖・アブラハムとエホバ神の問答」に端を発している。それによれば、アブラハムは晩年にようやくにして初めての子としてイサクを授かっていたが、或る日、「イサクを山上の聖壇で焼き殺せ」との神示を受けた。この場合の「焼き殺せ」をホロコーストと云う。

 アブラハムが逡巡したのかしなかったのかは分からないが、神の命令を絶対として指示通りにイサクを祭壇の上でホロコーストしようとした。その刹那、「待て待て、もう良い。お前の信仰の深さはよくわかった。神の命令とあらば、ようやくにして授かった一人息子さえ犠牲にするその覚悟を見届けた。もうイサクをホロコーストするには及ばない」との天の声があって、めでたしめでたしとなった云々。この神話は、神の意思が絶対であること、神の意思を第一とするのが信仰であること、この信仰者に対して神の恩寵がもたらされるとする三段論法説話になっている。

 この「アブラハムとエホバ神との問答」からホロコーストが始まっている。元々は「全燔祭」と訳されている。「日の出とエルサレム神殿と燔祭(ホロコースト)」(ピーター・コノリー・パトリック・レステリーニ著「イエス・キリストの時代」(東京書籍、1989年)参照)が次のように解説している。

 概要「エルサレム神殿では、日の出の時、祭儀として犠牲の燔祭が東に向けて捧げられた。聖所が東向きに建てられており、一対の幕が下がり、白い大理石の床にT字帯(月経帯)型の溝が掘られている。ちょうど聖所が太陽を出産しているようなかっこうとなっている。ユダヤ教の律法の書に従って、日の出の時、T字帯の床に犠牲の血が注がれる。血を抜いた犠牲の内臓とその脂肪を聖所の前で焼き、その煙を天に届ける。この祭儀を燔祭(ホロコースト)と云う。その祭儀は、西暦70年、神殿の聖所が焼き討ちに遭い、立て篭もっていたユダヤ人が焼き殺されるまで毎朝続けられた」。

 これが「ホロコーストの原義」である。それは、「信仰の真性を証す為に人身御供(生け贄)を聖壇で焼き尽す」儀式であり、その儀式を通して共同体の意思と結束を固め、「災厄の除去、贖罪、隆盛を祈願する」祭りとなっている。特に新年祭で盛大に行われ、様々な生け贄が供犠所に捧げられる。その最大の生け贄が人間で、その究極が新婚夫婦の「初子のお供え」であったと云う。この祭り全体を総称してホロコーストと呼ぶ。

 しかしながら、どう見てもこのような教義、儀式、祭りは一般的なものではない。恐らく世界中捜しても例がない。例えば日本神道と比較してみよう。日本神道では神と人とは和楽的且つ談じ合い的であり、間違っても「アブラハムとエホバ神との問答」的な厳罰的なものはない。神は人の親であって、慈悲は掛けても、親が子に過酷な命令をすることはない。これを人から見れば、神は人にとっての理想であり、人が好んでその能力にあやかりたいと思うのが神であり、その神が人に対して酷い命令をすることはない。要するに、ユダヤ教と日本神道では神と人との関係が全く逆なものになっている。

 よって、日本神道の教理にはホロコースト的教義は全く見出せない。そういう意味でホロコーストはユダヤ教独特の教義であり、ユダヤ教義の異質性を象徴している。日本神道から見れば、ユダヤ教の狂気性を物語る教義が多々認められるが、ホロコースト譚もその典型的な一つであり、それでしかない。

 もとへ。以上で「ホロコーストの原義」を確認できたとして、「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストの名を被せるのにはどういう理由があってのことだろうか。見てきたように普通には繋がらない。それを敢えてホロコーストと命名しているからには、然るべき理由があってのことではなかろうか。

 但し、ここが曲者なのだけれども、彼らは特有の二重基準で「内向けのホロコースト」、「外向けのホロコースト」の両刀使いをしており、「内向けのホロコースト」の意味を明かさない。「内向けのホロコースト」の意味は隠したままで、「外向けのホロコースト」即ちナチス糾弾論を流布させている。そういう訳で、「内向けのホロコースト」の意味を詮索せねばならない。彼らが、「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる命名を宛がった理由と真意を探らねばならない。思うに、「ホロコースト」には自律的積極的肯定的宗教的な「生贄の犠牲思想」が媒介している。であるとするならば、「ナチスによるユダヤ人迫害」にどのような犠牲思想性が認められるのだろうか。こう問う人は滅法少ないであろうが重要な問いである。

 参考までに確認すると、「三省堂大辞林のホロコースト」は次のように記している。「大虐殺。特にナチスによるユダヤ人の大量殺戮(さつりく)をいう」。「小学館大辞泉のホロコースト」は次のように記している。「大虐殺。とくに、ナチスによるユダヤ人の大虐殺」。他も似たり寄ったりで、原義の「ユダヤ教に基づく燔祭的意味」をすっかり外していることが分かる。これでは「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる命名を宛がった理由が解けない。

 「ホロコースト」はユダヤ教独特の用語であり、「祭儀の際の人身御供生け贄」を指している。「ナチスホロコースト」命名者は当然その語義に基づき命名している。となると、解し方は、「ナチスホロコーストの犠牲者」を「ホロコースト的生け贄」と受け取るしかない。あるいは「ナチスホロコーストの実行者」を「報復的生け贄」にするとの意思を込めたものと受け取るしかない。これ以外の理解の仕方は難しい。

 こうなると、「シオン長老の議定書」に濃厚に表れている近代シオニズムのユダヤ王国再建思想を媒介せずには解けないのではなかろうか。即ち、「ナチスホロコースト」を、彼らの世界支配計画に政治的に供えられた生贄と位置づけ、彼らのイスラエル建国運動に資せる形で利用して行くものとする。これが「ナチスホロコースト」が歴史的に持つ使命であり地位ではないのか。

 こう考えると、「ナチスホロコースト」は徹頭徹尾宗教性のものであり政治主義的なものであることが分かる。然しながら、ホロコースト命名者たちは、そのシオニズム的意味を隠して単に戦後反戦平和運動の誓いの起点としてプロパガンダさせていった。これにより「ホロコーストの教訓」が戦後反戦平和運動のリトマス試験紙の役割を担うことになった。お調子乗りが、ホロコーストに纏いつく宗教的政治的意味を理解せぬまま追随し今日に至っている。南京大虐殺事件には疑義を挟むがホロコーストは絶対の真なりとして講釈する自称インテリが身近にいるが、そういうユダ屋ナイズインテリばかりが登用されている。

 ここまではまだ良い。問題は、「ナチスホロコースト」が偽史であった場合にどうなるか。これにつき西岡医師が精力的に論証しているのは周知の通りである。仮に「西岡医師のホロコースト虚構説」が真ということになると、一体どういうことになるのか。話がこういう風に続いていくことになる。この辺りでいったん筆を置くことにする。
 

れんだいこのカンテラ時評№1232

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 8月 4日(月)20時19分36秒
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   ガザホロコースト考

 2014.7月、もう何度目になるのか数え切れない新たなガザホロコーストが始まり8.4日現在なお続いている。この情報を得たいが世界的に報道管制が敷かれている。日本のみならず世界でも、日本ほど酷くはないがガザホロコーストが極力スルーされている。代わりにマレーシア旅客航空機撃墜事件、ウクライナ軍事危機等々がメイン報道されている。これを伝えるニュースキャスターの表情を窺がうのに真実報道よりもニュースショーを演じている気がしてならない。

 「ガザホロコースト」とは、パレスチナのガザ区に於ける、イスラエル軍によるワンサイドゲーム的な空爆及び地上戦闘によるガザ難民虐殺を云う。「ガザホロコースト」には殺し方に特徴が認められる。即ち、無慈悲に殺さねば殺したことにならないとばかりな冷酷無残な殺傷に終始していることである。もうひとつは、国際法的な安全地帯である学校、病院、教会、国連施設にわざわざの砲撃を加え非戦闘員である子供、婦女子、老人に巻き添え死を強制している。こたびの2014ガザホロコーストでは特にこれが目につく。れんだいこには、「ガザホロコースト」の一連の過程が、あたかも惨劇の祭りをしているように見えて仕方ない。そのサマは許し難いの度を超していよう。

 この「惨劇の祭り」の背景にあるものを愚考してみたい。「惨劇の祭り」は彼らの歴史的伝統からもたらされているのではなかろうか。れんだいこは、「ガザホロコースト」の一部始終にイスラエル及びイスラエルを支配する国際ユダ屋に特有な「歴史的癖」を認めている。ここで云う「歴史的癖」とは「悪魔教的信念に基づく意図的故意の狂態」を云う。かれらの目線にあるのは「同胞ユダヤか敵方ゴイムか」の判別しかない。「同胞ユダヤ」となれば等級をつけ序列化して囲い込む。「敵方ゴイム」となると何の遠慮も要らない虫けら、畜生類扱いして、煮て食おうが焼いて食おうが我らの権利であるとして気ままなな意思による処断に任せ、残虐であればあるほど正義だとしている。こういう論法、行為が許されること自体信じられないが現に通用している。

 こういう見立てをする国際ユダ屋が歴史の表舞台に登場する比重が強まるにつれ、人類史上に惨劇が常態化するところとなったのではないのか。それが証拠に、国際ユダ屋が歴史の表舞台に登場してきた近代以前に於いては、世界史を見渡してみても、これほど執拗な惨劇の常態化は見当たらない。同様の事例があるとすれば裏で国際ユダ屋が糸をひいているケースが多い。近代から現代までの人類史上の惨劇の主流は、彼らのドグマ的な教条に基づく非和解的絶対戦争によるものではなかろうか。

 その昔、ローマ帝国がこの「国際ユダ屋の歴史的癖」に手を焼き、この連中の扱いに苦慮し、とにかく国家を持たせぬのが賢明として所払いさせた。これにより連中は長らく国家を持たぬ放浪の民となった。各国の申し合わせにより、連中の行く先々で公民権が剥奪された。何とならば、この連中に権力を持たせると人類史に災禍が及ぶことを見抜いていたからである。今にして思えば、ローマ帝国の対国際ユダ屋対策としての「国家を持たせない、所払い、公民権剥奪」は国際ユダ屋の習性を見抜いた英明な政策であったことになるのではなかろうか。

 その放浪の民が国家を持とうとする悲願の末に漸くにして第二次世界大戦後に建国したのがイスラエルである。この経緯の考察は本稿では割愛する。これにより、数千年来パレスチナの地に住み続けていたアラブ人が俄かに土地を追われ難民と化した。その一部がガザに住みつきガザ難民となって今日に至っている。

 興味深いことは、イスラエルの建国過程とパレスチナ難民の発生過程である。さる昔のローマ帝国の危惧した通りの「国際ユダ屋の歴史的癖」を満展開させつつ今日に至っている。国際ユダ屋が絶対権力を振るうところ決まって「残酷非道なゴイム掃討戦」が見舞われているが、これまでもそうでありこの先もそうであろう。この過程で全てが逆さまに評される。即ち正義が不正義にされ不正義が正義になる。有徳が背徳にされ背徳が有徳にされる。

 こたびの「イスラエル軍によるザホロコースト」がいつ収まるのか分からない。イスラエル軍の絶対的優位が続いているように見えるが、この優勢が永遠に続くことは有り得ない。パレスチナ人の恨みが物質化される日がそう遠くない将来やって来る。この時、「国際ユダ屋の歴史的癖」とは一味違うパレスチナ人の英知による平和創出を見てみたいと思う。付言しておけば国際ユダ屋主導の平和なぞ有り得ない。彼らを憲兵にさせるのは、泥棒に権限を与えて夜回りさせる愚に似ている。強姦魔に婦女子を自宅に送らせる愚に似ている。これだけは有り得ないしあってはならない。こう例えれば分かって貰えるだろうか。歴史を紐解けば、そういうことが見えてくる。
 

れんだいこのカンテラ時評№1231

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 7月 3日(木)18時04分17秒
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  【れんだいこの滋賀県知事選考】

 6.26日、嘉田由紀子知事の任期満了に伴う滋賀県知事選が告示された。投開票は7月13日。これに一言しておく。

 何も滋賀県知事選に限ってではないのだが、「自民・公明系A候補対共産系B候補」の選挙戦と云うのが、このところの定番である。自公系のAが常勝し、共産系のBが善戦総括してシャンシャンとなる。これも定番である。問題は、これをどう見るべきかである。今度こそ共産系Bを勝たさねばならない、そうならないのはひとえに我々の努力が足りない、この真実が分からない愚弄の民の啓蒙に引き続き邁進せねばならないと合点する向きの者は、以下読む必要がない。あらかじめ申し上げておく。

 こたびの滋賀県知事選は、自民、公明系A候補(元経産省官僚の小鑓(こやり)隆史、47歳)対共産系B候補(党県常任委員・坪田五久男、55歳)。これにC候補(元民主党衆院議員の三日月大造、43歳)が割って入っている。これをどう見るべきか。C候補の三日月氏が選挙定番にお邪魔虫しているだけだろうか。れんだいこは違うと考える。案外と重要な戦いに打って出ているのではなかろうか。

 C候補三日月氏は、「自民・公明推薦A候補対共産推薦B候補」と云う表見的には対立しているようで本質的に同じ穴のムジナのじゃれ合い選挙にノンを突きつける有意義な選挙戦を戦っているのではなかろうか。万一、C候補三日月氏が当選すれば、「自民・公明対共産」と云う「政治お遊び」に鉄槌を下し、日本政治史上のこのところの流れを変えるきっかけになるのではなかろうか。その意義は高いと考える。

 それにしても透けて見えてくるのは共産党の変態的な対応振りである。共産党は、平素は自民、公明と対極的に闘う位置で発言する。但し、その共産党よりもっと鋭角的に自民、公明と闘おうとする左派が出てくると、自民、公明になり代わって、あるいは自民、公明の及ばざるところを補足する形で攻撃し始める。仮にその左派が壊滅されれば、又元に戻って共産党が自民、公明と闘い始める。こういう仕掛けの場合、共産党のような対応をどう評するべきだろうか。これを的確に把握する眼力が問われているのではなかろうか。

 以下、文意の流れからすると、れんだいこの眼力を披瀝するようになるのだが、余りの衝撃の故に脳震とうを起す者が生まれることがあることを思い、本稿では控えることにする。結論を言えば要するにニセモノ論になる。日本政治は今や自公と云う表権力ニセモノ、社共と云う裏権力ニセモノに支配されており、このクビキから一刻も早く抜け出さないと事態をますます悪化させると読む。

 あらゆる政治課題に云えることだが「自民・公明対共産」に任すと一見対立しながら次第に良くない方向にリードしてしまう。それは最悪、大和国家と民族が解体される。それを良しとするオカルト勢力が愛国心を吹聴しながら手前本位の利権政治にうつつを抜かしていると読んでいる。この流れに棹差さんが為に本稿を発信しておく。
 

れんだいこのカンテラ時評№1230

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 6月19日(木)20時03分43秒
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   安倍防衛論&鈴木防衛論考

 2014年の安倍政権下での自衛隊論を、1981年の鈴木政権下での日米同盟釈明事件の経緯から照射してみる。余りにも鮮やかな対比が確認できる。これを愚考する。「思えば随分遠くへ来たもんだ」と今昔の感を深めるのは、れんだいこだけだろうか。

 事件の発端はこうである。1981.5.4日、鈴木善幸首相が訪米した。前年の大平&カーター会談で「日米のパートナーシップ」が確認されていた。鈴木首相の訪米に際して米国側は「パートナーシップ」よりも結びつきが強い「アライアンス(alliance)」宣言を求めていた。「パートナーシップ」は単なる「友好国」を、「アライアンス」は「同盟国」を意味しており、「友好国」では適えられない軍事負担を「同盟国」なら請求できると云う違いがある。政治の世界では僅かな違いの言葉の表現がかくも高度な意味を含ませており、それ故に拘らねばならない重大性がある。

 既に大平政権下で「日米同盟関係」という表現が使用されていたがズバリの「日米同盟」として云われ、且つ共同声明文に記されることはなかった。鈴木首相は、対米関係上、日米共同声明に「同盟」の2文字を入れることは認めることは止むなしとし、その解釈のタガ嵌めで乗り切ろうとした。鈴木首相は戦後憲法-軍事防衛論に見識を持っており次のように述べているとのことである。「1、わが国の努力は平和的手段のものに限られる。各国に軍事的協力はしない。2、わが国の為しうる最大の貢献は経済社会開発と民生安定に通ずる各国の国づくりに対する努力である。3、国づくりとともに、この地域の平和と安定のための政治的役割をはたしていく」。

 5.7日の第1回首脳会談、5.8日の第2回会談を経て、「両国間の同盟関係は、民主主義及び自由という両国が共有する価値の上に築かれている」との表記で「日米同盟」を明記した共同声明を発表した。鈴木首相の意向を知る外務省は軍事的協力をめざすという意味ではないと事前説明していた。鈴木首相はその後、ナショナル・プレス・クラブで講演し、締めくくりの記者会見で、「日米同盟」をめぐる質問を受け、「同盟という語がつかわれたからといって軍事的側面について変化はない。同盟は軍事的意味合いを持つものではない」と繰り返した。

 5.10日、帰国。鈴木首相は記者会見で「日米同盟」の解釈を廻って質問を浴びせられ、「この同盟関係には軍事的な意味はない」と重ねて発言している。ところが、伊東正義外相が本会議で、「日米安保条約が基調にある以上、軍事的な意味は当然ある」と答弁し、野党が「閣内不一致」と騒ぎ出した。二日後、伊東外相が辞任へ追い込まれる。翌年1982.10.12日、鈴木首相が突然辞意表明した。鈴木再選は確実といわれていただけに寝耳に水の辞意であった。「日米同盟」の解釈を廻って外相の首が飛び、これが尾を引き首相の首まで飛ばせたと判じたい。

 この問題を改めて素描してみたい。「日米同盟」について鈴木首相は次のように述べている。意訳概要「共同声明で同盟関係を新たにうたったからといって、NATOにおける西欧諸国の運命共同体のように、お互いに共同戦線を張って防衛に当る、あるいは戦争をするというような、そういう集団的自衛権を日米の間で結んだものではありません。アメリカが他国と戦争をした場合、日本の自衛隊を派遣して共同戦線を張ってアメリカを助けるようなことは平和憲法の建前からできません。ASEANの国々を訪問した際に、日本が経済大国から軍事大国になるんではないかという懸念が存在することを察知していましたから、そういう懸念を払しょくするためにもレーガン大統領にはっきり申し上げておく必要があり、相当時間をかけて話しました」。

 これによれば、鈴木首相は、戦後憲法の語る戦後日本の国是としての国際平和協調主義の立場から、日米同盟的に絆を確認したとしても、できること、できないことを仕分けしていることになる。鈴木首相の日米同盟論には「平和で活力ある国際社会を目指す日米関係」が主眼であり、軍事はそういう同盟の一要素でしかなかった。これを分かり易く云えば「ハリネズミ式専守防衛論」であった。これはまさしく戦後ハト派としての真骨頂の軍事防衛論である。今、れんだいこが評すれば、鈴木首相は実は英明な政治家であった。これの論証は別に譲るが、角栄、大平、鈴木が戦後政治の1950-60年-70年代を牽引したことは僥倖であったと考える。三人は出自も能力も似ているのが興味深い。れんだいこは、日本型社会主義の祖として位置づけたいとさえ思っている。こちらが本物の方であると思っている。

 もとへ。当時の新聞マスコミがどう出たか。東京の外務官に「同盟に軍事的意味はないという鈴木首相の発言はナンセンス」とコメントさせ、一斉に「総理の器ではない」、「暗愚の宰相」というキャンペーンを張った。今にして思えば、ナベツネ御一党によるポスト鈴木の受け皿としての中曽根擁立の言論大砲戦であった。そういう悪だくらみが透けて見えてくる。

 その後の日本の軍事防衛論の歩みは衆知の通りである。中曽根が登場する。大国責任論が云われ、軍事予算GNP1%枠を外し拡大一方となる。小泉政権下が登場する。日米同盟論が軍事防衛生命線的に喧伝されるようになる。東南アジアまでとして来た専守防衛地域のタガ嵌めを外し世界各地への武装派兵の道が敷かれる。安倍政権が登場する。米戦略下での自衛隊の展開が現実にされようとしており、自衛隊が外に向け血を流し内に向け血を流させる道へ誘われつつある。
 

れんだいこのカンテラ時評№1229

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 6月13日(金)15時09分5秒
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   日本列島改造論 抜粋その6

 「地方都市の整備」。明治百年にいたる近代日本の道のりは、地方に生まれ、育った人たちが大都市に集中し、今日のわが国をつくる牽引車となったことを示している。しかし、明治二百年に向かう日本の将来は、都市に生まれ、育った外たちが、新しいフロンティアを求めて地方に分散し、定着して、住み良い国土をつくるエネルギーになるかどうかにかかっている。その為には地方に産業を起し、高い所得の機会をつくると共に、文化水準が高く、経済的、社会的に十分な都市機能を持った地方都市を育成しなければならない。大都市との情報格差をなくし、地方都市に住む人々が豊かで、便利な暮らしができるように日常の生活環境をきめこまかく整備することである。(163P)

 新25万都市は、地域開発を進めるための拠点である。ただ単に工業再配置によって大都市の工場を分散、立地するだけでは拠点都市とてしての役割は果たせない。産業の分散による経済活動に加えて、情報、金融、流通など開発拠点としての都市機能を持ち、さらに医療、文化、教育などサービス面の施設を整備しなければならない。新25万都市を中心とする周辺地域が一体となって、自立的な経済活動を行い、地域住民が文化的で豊かな暮らしができるようになれば、住民がその地域に定着し、大都市への人口集中も防げる。新25万都市を建設する具体的な方法は二つ考えられる。その一つは地方の小都市で、既にある程度の都市集積のあるところを充実、強化するやり方である。(略)もう一つは隣り合っている人口2万人程度の町村が多数集合して、新しい市街地をつくり、その周辺に工場団地を立地する方法である。(164P)

 新25万都市は、こうした新しい発想のもとにつくられる都市である。(略)このように、今まで自然発生的に形成されてきた都市のマイナス面を取り除き、理想的な都市の形成を目指す。また25万都市は、既存の地方都市に欠けている機能を持たなくてはならない。第一は、地域拠点として十分な都市機能を持つことである。その都市の住民だけでなく、周辺の農山村の人々に対しても情報、流通をはじめ医療、教育、文化、娯楽などの機会を提供するため必要な施設を整備することである。(略)

 第二は自ら発展しうるだけの産業経済活動を持つことである。郊外の全くない工場団地を中心に銀行、デパートなどを持ち、日常の経済活動を活発に展開できる機能を確立しなくてはならない。第三は、豊かに自然に恵まれ、地域に文化の光をともす役割を果たすことである。欧米の地方都市は、太陽と緑に恵まれた環境のもとで美術館や劇場があり、大都市に劣らない高い水準の文化活動が行われている。しかも民族舞踊といい、演劇といい地方色豊かな地元の文化が育ち、?民もそれを郷土の誇りとしている。日本の地方都市にも、このような特色のある文化を育てたいと思う。(略)第四は、地元住民が親しい人間関係を持てるニューコミュニティーの新しい地域社会でなければならない。(略)

 新25万都市は、そのような‘人間砂漠’であつてはならない。新25万都市は、人々がそこで気持ちよく暮らし、働き甲斐があり、共に人生を楽しみ、親しく付き合い、地域社会の発展や国の将来を語り合えるニューコミュニティーであるべきである。隣近所の人たちが話し合える広場やこうえん作り、また文化活動やスポーツを一緒にできる施設を設けることも必要である。さらに都市内の情報伝達メディアとして有線テレビ網を設置することも要請されていよう。(167P)

 「農村の利益は都市の利益」。巨大都市への産業、人口の過度集中によって農村から若者が減り、農村の発展のエネルギーは衰えようとしている。こうした日本農業に再生のレールを敷き、都市と農村が共に反映する条件を作り出すことが日本列島改造の重要なテーマである。農業は、国民に一日も欠かすことのできない食糧を生産し、供給すると同時に農民の所得の源泉である。農村は国民の食糧供給基地として、また農民が働き、生きる場として楽しく誇りうるものでなければならない。国民経済全体からみても、主要な食糧については80%程度の自給率を維持することが必要である。(173P)
 

れんだいこのカンテラ時評№1228

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 6月13日(金)14時23分35秒
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   日本列島改造論 抜粋その5

 「大量輸送時代の総合交通体系」。明治以来、わが国の交通政策は鉄道中心に置かれて来た。これは点と線の交通政策であり、大都市拠点主義はここから出発した。しかし、これから必要なのは、点と面の交通政策であり、その新拠点は道路と鉄道、海運、航空の結節点である。(117P)

 「国土開発と地方線の再評価」。もう一つ、触れておかねばならないのは日本国有鉄道の再建と赤字線の撤去問題である。国鉄の累積赤字は47年末で8100億円に達し、採算悪化の一因である地方の赤字線を撤去せよという議論がますます強まっている。しかし、単位会計で見て国鉄が赤字であったとしても、国鉄は採算と別に大きな使命を持っている。明治4年にわずか9万人に過ぎなかった北海道の人口が現在、520万人と60倍近くに増えたのは鉄道のお陰である。すべての鉄道が完全に儲かるならば民間企業に任せればよい。私企業と同じ物差しで国鉄の赤字を論じ、再建を語るべきではない。都市集中を認めてきた時代に於いては、赤字の地方線を撤去せよという議論は、一応説得力があった。しかし工業再配置を通じて全国総合開発を行う時代の地方鉄道については、新しい角度から改めて評価し直すべきである。

 北海道開拓の歴史が示したように鉄道が地域開発に果たす先導的な役割はきわめて大きい。赤字線の撤去によって地域の産業が衰え、人口が都市に流出すれば過密、過疎は一段と激しくなり、その鉄道の赤字額をはるかに越える国家的な損失を招く恐れがある。豪雪地帯における赤字地方線を撤去し、全てを道路に切り替えた場合、除雪費用は莫大な金額に上る。また猛吹雪の中では自動車輸送も途絶えることが多い。豪雪地帯の鉄道と道路を比較した場合、国民経済的にどちらの負担が大きいか。私たちはよく考えなくてはならない。しかも農山魚村を走る地方線で生じる赤字は、国鉄の総赤字の約1割に過ぎないのである。(123P)

 「幹線自動車道は1万キロに」。特に表日本と裏日本を結び、日本列島を輪切りにする横断道路の建設に集中的に力を入れるべきだ。これまで、南北に長い日本列島の時間距離を短縮するため、道路投資が縦貫道路の建設に傾斜したのは止むを得なかった。しかし、これからは表日本と裏日本の格差を解消と内陸部の農山村地域を開発するために‘日本横断道路’への先行的な投資を強力に進めなければならない。昭和60年までに少なくとも1万キロメートルの高速道路が必要だというのは、こうした理由からである。百万キロメートルの道路網は、このような高速道路のネットワークを骨格として末端の生活道路に至るまで、秩序ある体系が確立されなければならない。これには、道路機能の分化と新しい道路規格を確立することである。(128P)

 「近畿、西日本を一体化する本州四国連絡橋」。本州と四国を結ぶ連絡橋は神戸-鳴門、児島-坂出及び尾道-今治の三橋とも昭和60年度までに完成させる予定である。中でも明石-鳴門ルートに建設する明石海峡大橋は、完成すれば世界最長の吊橋となる。本州四国連絡三橋は四国の390万人の住民に対してだけ架けるのではない。新幹線鉄道や高速道路と繋ぎ、日本列島の3分の1を占める近畿、中国、四国及び九州を一体化し、広域経済圏に育て上げる為に架橋するのである。昭和30年から15年間に35万人も減った四国の人口は、これらの架橋によって、やがて600万人に増え、800万人に増加しよう。本四連絡橋を三橋とも架けるからといって過大投資と云うのは当らない。(131P)

 本四連絡三橋の真ん中の橋、児島-坂出ルートには松江、岡山、坂出、高知を結ぶ中国四国新幹線鉄道を通したい。この地域は中国山脈、瀬戸内海、四国山脈と云う三つの地形的な障害によって分断され、四つの異質な経済圏を形成してきた。中でも山陰と四国山脈の南が経済的に立ち遅れた。児島-鳴門ルートは中国四国横断自動車道と新幹線鉄道を通すことによって、バラバラの経済を有機的に結合させ、新しい発展に進ませるだろう。(135P)

 もう一つは将来、九州・四国新幹線鉄道を建設するとき、佐田岬から佐賀関海底トンネルに石油パイプラインを併設することも考えられる。中国と四国の西部を本四連絡橋の尾道-今治ルートで結び、さらに九州と四国を新幹線鉄道で繋ぎ、必要に応じてこの二つのルートに石油と水のパイプラインを配置すると、安芸灘、周防灘から豊後水道にかけて環状の貨客輸送路ができあがり、西瀬戸総合開発を促すことになる。尾道-今治の道路橋に水のパイプラインを敷けば、大島、大三島など瀬戸内海の離島に水を供給できるし、観光客の増加に伴う水需要の増大にも応えることができる。このように本四連絡三橋は近畿、中国、四国、九州の経済圏を有機的に結合して広域的な発展を可能にするもりである。「四国は日本の表玄関になりうる」と云う私の主張は決して誇張ではない。(137P)
 

れんだいこのカンテラ時評№1227

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 6月13日(金)14時06分59秒
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   日本列島改造論 抜粋その4

 「開発の余地ある日本の国土」。わが国では今、東京、大阪、名古屋の各半径50キロメートル圏を合わせて国土全体の1%に満たない地域に総人口の32%が住んでいる。日本は可住面積が狭いといってもこれからの地方開発によって国民の住む地域はもっと広げることができる。(81P)

 「大型化するコンビナート」。何よりも重要なのは、これらのコンビナートは公害調整、環境保全、災害防止など現場で働く人々や地元で暮らす人々の安全と福祉を最優先に考えて、単に生産のためだけでなく、ゆとりのある用地の中で十分に空間をとったレイアウトをしなければならないことである。そうなるとコンビナートの用地規模はますます広がらざるを得ない。(86P)

 「環境整備の仕組みを確立」。住民の生活環境を破壊せず、自然を注意深く保全しない限り、今後の新しい地域開発は前進できない。工業の公害問題をどう解決するかは、コンビナートの建設だけではなく、企業の存亡にも繋がる重大なテーマとなってきている。数年前までは地方の工業開発のネックは主に地価問題であった。ところが最近は「開発とは破壊である」、「産業の発展はご免だ」と云う声が高まっている。私もそうした声は大いに理由のあることだと思う。しかし、その議論は開発のデメリットを強調する余り、しばしば開発のメリットを見落とすことが多い。また「開発か保全か」、「産業か国民生活か」と云う直線的な議論に飛躍しがちである。(96P)

 「これからの電源立地」。これからの電源立地の方向としては、大規模工業基地などに大容量発電所を集中的につくり、大規模エネルギー基地の性格を合わせて持たせるようにしたい。電源開発株式会社を中心にいくつかの電力会社が参加し、火力発電所や原子力発電所を共同で建設し、そこで生みだされる電力を大規模工業基地で使う。同時に、基幹的な超高圧送電網をつくって消費地に広く配分し、融通する方向も考えたい。(101P)

 新しい火力発電所や原子力発電所の建設に地元の反対が強いのは、まず、大気汚染や放射能の危険を心配するからである。冷却に使った水を捨てるときに河川や海水の温度が上がり、ノリや魚が取れなくなると云う漁民の反対もある。殺風景な発電所ができては美しい自然の景色が破壊されるという主張もある。元々発電所は従業員が少なくて済むので、地元の雇用を増やすにはあまり役に立たない。その上発電した電力は、ほとんど大都市へ送電される。結局、地元は得るものが少なくて、公害だけが残ると云うのが地域住民の言い分である。そこで、まず、第一に考えたいのは、公害の徹底的な除去と安全の確保である。具体的には、集塵装置はもちろん重油脱硫、ガス化脱硫など脱硫技術の開発や利用を進め、冷却水の排水温度も規制することである。原子力発電所の放射能問題については、海外の実例や安全審査会の審査結果に基づいて危険がないことを住民が理解し、納得してもらう努力をしなければならない。(102P)

 しかし、公害をなくすというだけでは消極的である。地域社会の福祉に貢献し、地域住民から喜んで受け入れられるような福祉型発電所づくりを考えなければならない。たとえば、温排水を逆に利用して地域の集中冷暖房に使ったり、農作物や草花の温室栽培、または養殖漁業に役立てる。豪雪地帯では道路につもった雪をとかすのに活用する。さらに発電所をつくる場合は、住民も利用できる道路や港、集会所などを整備する。地域社会の所得の機会をふやすために発電所と工場団地をセットにして立地するなどの方法もあろう。次項で述べるインダストリアル・パークと同様の立地手法でエネルギー・パークづくりも考えたい。急がばまわれである。(103P)
 

れんだいこのカンテラ時評№1226

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2014年 6月13日(金)09時00分29秒
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   日本列島改造論 抜粋その3

 「奇跡ではない日本の成功」。戦後の日本経済は、平均して実質10%以上の高度成長を続けてきた。これは、日本経済が戦後の復興を遂げる過程だけでなく、その後も衰えることなく続いた。35年から45年までの平均成長率が実質で11.1%と云う数字がこれを物語っている。このような経済成長は、世界史上にも例がなく、世界各国から‘日本の奇跡’として高く評価された。

 その原因について、多くの専門家が次のような理由を挙げている。第一は、日本が現行憲法のもとで平和主義を貫き、軍事費の負担をできるだけ少なくしてきた。第二は、教育水準が高く、勤勉な労働力が豊富に存在した。第三は、新技術や新設備を積極的に導入して技術革新に努めた結果、産業の生産性が向上し、その国際競争力が強化された。第4は、企業経営者の積極経営を支える金融機関が存在し、政府も建設的な役割を果たした。第6は、日本経済には好循環とも云うべき‘成長のサイクル’ができた。これは、民間企業の設備投資を起動力とし、投資が投資を呼ぶと云う循環であった。(60P)

 「福祉は天から降ってこない」。一部の人々は「高度成長は不必要だ」、「産業の発展はもうご免だ」とか「これからは福祉の充実を図るべきだ」と主張している。しかし、「成長か福祉か」、「産業か国民生活か」と云う二者択一式の考え方は誤りである。福祉は天から降ってくるものではなく、外国から与えられるものでもない。日本人自身が自らのバイタリティーをもって経済を発展させ、その経済力によって築き上げるほかに必要な資金の出所はないのである。(63P)

 「物価上昇を押える」。従って、物価上昇を抑制するためには、第一に農業や中小企業、サービス業など低生産部門の近代化、合理化を進めて、その生産性を向上させることである。第二は道路や鉄道などを整備し、流通機構の近代化を大胆に進めて流通コストを切り下げることである。第三に産業や人口の思い切った地方分散によって、物価に占める地価負担を軽減することである。こうした政策の総合的な展開によって、物価上昇を抑制する道が開かれよう。(65P)

 「産業構造は知識集約型へ」。そこで今後の産業構造は、経済成長の視点に加えて、わが国を住みよく働きがいのある国にするという視点から選択されねばならない。つまり、今後の日本経済をリードする産業は、在来の重化学工業ではなく、公害や自然破壊度が少ないかどうか(環境負荷基準)、国民が誇りと喜びをもって当たれる仕事かどうか(労働環境基準)と云う尺度から選び出すことが必要である。

 このようにみると、将来の産業構造の重心は、資源、エネルギーを過大に消費する重化学工業から人間の知恵や知識をより多く使う産業=知識集約型産業に移動させなくてはならない。知恵や知識を多用する産業は、生産量に比べて資源エネルギーの消費が相対的に少ないので、公害を引き起こしたり、環境を破壊することも少ない。また、教育水準が高くなっている労働力に対し、単純労働ではなく、知的にも満足できる職場を多く提供できるので、人々が誇りと喜びをもって働くことも可能になるだろう。言い換えれば、知識集約産業こそは、産業と環境との共存に役立ち、豊かな人間性を回復させるカギを持つものである。

 それでは、知識集約型産業構造を形成するためにはどうするか。知識、技術、アイデアを多用する研究開発集約産業(電子計算機、航空機、電気自動車、産業ロボット、海洋開発)、高度組立産業(通信機械、事務機械、公害防止機器、教育機器など)、ファッション産業(高級衣類、家具、住宅用調度品)、それに知識、情報を生産し提供する知識産業(情報処理サービス、ビデオ産業、システム・エンジニアリング)などを発展させると共に、一般産業の製品や工程について、その高度化を通じて知識集約化を進めて行くことである。(68P)

 「福祉が成長を生む長期積極財政」。今後の財政運営は、単年度均衡の考え方から脱して、長期的な観点に立った財政の均衡を重視して行くべきである。つまり、現在の世代の負担だけではなく、未来の世代の負担をも考慮した積極的な財政政策を打ち出すことが必要である。子供や孫たちに借金を残したくないという考え方は、一見、親切そうに見えるが、結果はそうではない。生活関連の社会資本が十分に整備されないまま、次の世代に国土が引き継がれるならば、その生活や産業活動に大きな障害が出てくるのは目に見えている。美しく住みよい国土環境を作るには、世代間の公平な負担こそが必要である。

 このような積極財政は、社会資本の充実や教育、医療の改善、技術開発の促進に繋がるだけでなく、経済の高成長を促す道にもなる。これは単に公共投資の拡大や所得の再配分にによって直接的に需要が増加するというだけでなく、それに付随する経済効果が大きいからである。例えば、鉄道や道路の整備によって土地の供給が増え、住宅建設が進む可能性が出てくる。社会保障が拡大されて人々に老後の不安がなくなれば、増加する所得を使って豊かな消費生活が楽しめるようになる。また公害防止、住宅、交通、教育、医療などに対する新技術の応用が盛んになれば、知識集約型産業の次の発展を促すことになる。このようにして、成長活用型の経済運営は「福祉が成長を生み、成長が福祉を約束する」と云う好循環をつくることができる。(72P)
 

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