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あの国のあの法則2

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月24日(火)16時20分9秒
返信・引用
  【諸法則】

第一法則
日本で発明され、人気を博した物は、数十年(又は数百年)後に、朝鮮半島製(韓国製、北朝鮮製)にされる。

第二法則
日本で人気や才能が有る人間は、必ず在日(在日韓国人、在日朝鮮人)認定されるが、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)から嫌われていると、必ず回避出来る。

第三法則
日本のTV番組は、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)の露出度と番組の人気下降度が正比例の関係に有る。
日本のTV番組は、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)の露出度と番組の人気度が反比例の関係に有る。

第四法則
海外や国内で、聞かれてもいないのに自らを日本人と名乗る人間は、本当の日本人で無い可能性が高い。

第五法則
自国に都合の悪い出来事は、全て外国に責任転嫁する。

第六法則
韓国の大統領(為政者)は、任期末期になると騒動が持ち上がり悲惨な末路を歩む。

第七法則
朝鮮半島(韓国、北朝鮮)に手を出した日本の権力者は二代のうちに破滅する。

第八法則
法則の威力は60年周期で非常に強まる傾向にある。

第九法則
たとえ朝鮮半島人(韓国人、北朝鮮人)であっても心が日本人なら法則は発動する。

第十法則
たとえ日本人であっても心が朝鮮半島人(韓国人、北朝鮮人)と化したなら法則は発動しない。

第十一法則
朝鮮半島(韓国、北朝鮮)に深く関わり且つイメージキャラクタ等、象徴的存在になってしまった場合、その人物は法則発動体となり、その人物に関わると直接・間接関係なく法則が発動する。また発動体はこちらの意志とは関係なく一方的に関わってくる為、ほとんど回避不可能である。

https://meezkyfuksheemaakyhero.blogspot.jp/

 
 

あの国のあの法則1

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月24日(火)16時19分7秒
返信・引用
  あの国のあの法則
Kの国の法則 / 檀君の呪い
【絶対法則】

第一法則
国家間から企業、個人に至るまで、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)と組むと負ける。

第二法則
第一法則において、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)が抜け駆けをすると朝鮮半島(韓国、北朝鮮)のみが負ける。

第三法則
第一法則において、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)から嫌われると法則を回避できる。この時、嫌われる度合いと回避できる割合は正の相関関係にある。

第四法則
第一法則において、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)と縁を切った場合、法則を無効化出来る。

第五法則
第一法則において、一方的に商売をする場合は、法則は発動しない。

第六法則
第三法則、第四法則において、朝鮮半島(韓国、北朝鮮)と手や縁を切った場合、運気や業績その他、全ての面に置いて急激に回復、若しくは上昇傾向が期待出来る。

https://meezkyfuksheemaakyhero.blogspot.jp/

 

(無題)

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月24日(火)13時57分56秒
返信・引用
  ネトウヨ崩れの渾沌堂主人雑記ブログ(http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/)主の忠武飛龍や奴が引用する「超高級マンションスカイヲーカー」(http://blog.livedoor.jp/sky7777777777/archives/52164330.html)や日米地位協定を改正せよ:産めよ増やせよ大和撫子ブログ(http://blog.ap.teacup.com/applet/jiritu/archive?ap_protect=nkwxavjaap7)も生活保護者にして被害妄想型統合失調症患者を朝鮮人呼ばわりして、社会から隔離しようとするネトウヨくずれの似非脱原発派だらけ。
そうでなくても脱原発派のサヨクは人の話し聞かず、生活保護受給者や被害妄想型統合失調症患者をはじめとする精神病患者をただかわいそうとペット扱いした挙句に自分たちがふりになるとにげる。
さらにアニメをはじめとるするサブカルを戦略的に利用しようとしない。
だからネトウヨやその背後にいる自民や日本会議、生長の家、幸福の科学のようなユダヤ似非ウヨクにアニメ界をジャックされるのだ。
今のアニメ界はネトウヨや自民、日本会議、生長の家や幸福の科学、崇教真光みたいなユダヤ似非ウヨカルトにジャックされ、排外と優生思想をむき出しにし、二十年前の芸能界となんら変わらない。
https://mobile.twitter.com/mfa_acky

https://meezkyfuksheemaakyhero.blogspot.jp/

 

(無題)

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月18日(水)12時21分47秒
返信・引用
  選挙分析家はる(http://harunosippo.blog.fc2.com/)も「一発入魂選挙マニア」管理人の定額給付金男やツイッターにいるhttps://twitter.com/medicis1917や渾沌堂主人ブログ(http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/)の忠武飛龍ツイッターでは黄皇大栄(https://twitter.com/ououdaiei)と同じで、精神病患者と特にうちみたいな被害妄想型統合失調症患者や生活保護受給者に同情する不利をしながら社会から隔離され、家畜みたいに扱われることを望んでいるナチスユユダヤ野郎で、ネトウヨとかわらへんのや
貴様らみたいなやつらには人権擁護法案を適用し、表現と言論の自由を剥奪するべきである。
ナチスのアイヒマンやオットー・スコォルツォニー(第二次世界大戦後朝鮮カルト統一教会傘下の勝共連合、すなわちチョン野犬に成り下がったユダヤ以下にゴリラ野郎)みたいに精神的去勢をされた人格の宦官に自由はいらない。
今の大半の日本もどきのヴァチカン・ユダヤ東朝鮮ゴイムがそうだ!!
さいごにうちのツイッターのアカウントや(https://mobile.twitter.com/mfa_acky

meezkyfuksheemaakyhero.blogspot.com

 

(無題)

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時32分23秒
返信・引用
  うちは被害妄想型統合失調症やからうちを朝鮮人呼ばわりするネトウヨはおろかコシミズのような陰謀論者やカルトサイエントロジーのキチガイ医こと内海聡やアリスパパ中川聡のような似非反精神医学論者フリーメイソンの高洲クリニックの院長やフィリピンのドゥテルテやその信者にまで「ガス室送りだ」とか「断種されろ」とヘイトスピーチされているから人権擁護法案に賛成や
うちはアニメがすきやったがアニメ界や声優、クリエーター達がネトウヨや自民党、竹田研究会におもねるようになってから憎しみがわいてきた。
こんなナチスレイシストしかいない国もどきからじゆうなんてなくればええんや。
どうせ人権擁護法案はネトウヨがへいこらしているお回りの利権になるから。
日本も受験競争や体育会(軍隊式)部活動、2ちゃんねる、ツイッター、在特会、自民党ネットサポーターズ、日本会議、神道政治連盟(神社本庁)、竹田研究会によりユダヤ東朝鮮と化した。

https://mobile.twitter.com/mfa_acky

 

(無題)

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月 9日(月)13時56分2秒
返信・引用
  陰謀論者のリチャードコシミズが手先のNKやはらへった、ザガロにhttps://twitter.com/wayofthewindhttps://twitter.com/xtraheavy,
https://twitter.com/kitsuchitsuchi, https://twitter.com/lakudagoya https://twitter.com/mkmogura https://twitter.com/Nezmi_sanとともに買い込んだレイシズムあふれる書き込みをさらしておこう
>ロボトミー手術復活しないかな
妄想キチガイどもに強制施行するんだ
遺伝を残さないために睾丸と子宮の摘出もやるんだ。まあ、しなくてもどうせ結婚できないけど

手術をしてもまともになれるわけではないので施設に隔離は必要だろう
食費は負担になるので胃の摘出手術も行い、液体飼料とビタミンを与える
妄言を流布させる性質があるのでネットを含め外界とは遮断、親とも会えなくなるが親側からすると願ったり叶ったりだ

誰も悲しまずみんなが幸せになれるwin-winじゃないか
妄想性統合失調症にはロボトミー手術と隔離政策をしよう
それからツイッターにいるhttps://twitter.com/medicis1917https://twitter.com/fukudaruma774https://twitter.com/ououdaiei(忠武飛龍)ブログ(http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/)も口では格差是正、憲法反対、人権というがやつらの人権とは、知的障害やうつ病患者のそれであり、統合失調症患者、それも被害妄想型統合失調症患者には高須のくそ爺やネトウヨ、ユダ金、ヴァチカン、創価や生長の家などの朝鮮ユダヤカルトかおまけに優勢思想をむき出し,排除、隔離しようとする。
奴等もユダヤカルトサイエントロジー傘下のえせはん精神医学団体のきちがい医こと内海聡や広島のアリスパパ中川聡とナチスナチスレイシストでしかない
やるらに人権擁護法案を適用し、表現と言論の自由を剥奪するべし!!

https://mobile.twitter.com/mfa_acky

 

(無題)

 投稿者:aki上級大将こと福島彰浩  投稿日:2017年 1月 9日(月)13時51分41秒
返信・引用
  はじめまして
aki上級大将こと福島彰浩ともうしますねん
うちは被害妄想型統合失調症患者で、今の大半の日本もどきの
東朝鮮B層ゴイムやネトウヨだけでなく、リチャードコシミズや
バレバレ寺尾などの陰謀論者に、反精神医学をだまるキチガイ医内海聡やアリスパパ中川聡などからも排除、隔離の対象として兵と言動を受ける毎日や。
奴等には、ネトウヨやアニメ界に潜む生長の家や崇教真光などの日本会議カルトと共に人権擁護法案を適用し、言論と表現を剥奪しろ。
ナチスのアイヒマンみたいに「ニ精神的去勢をされ、人格が宦官化したゴイムどもに自由はいらない。RK独立党大阪のN.kは自分がうつ病患者でコシミズや精神科医、独立党のやつらから自分がちやほやされていることをいいことにネトウヨと同じで被害妄想型統合失調症患者へ憎悪と軽蔑間を向き出しにし、排除しよううとしている。
あとN.kはバレバレ一味のじゅんじとホモらしいぞ!!
今の大半の日本もどきの
東朝鮮B層ゴイムやネトウヨだけでなく、リチャードコシミズ
バレバレ寺尾などの陰謀論者に、反精神医学をだまるキチガイ医内海聡やアリスパパ中川聡などからも排除、隔離の対象として兵と言動を受ける毎日や。
加えてネトウヨでツイッターユーザーのhttps://twitter.com/torakichi500https://twitter.com/nadhirinhttps://twitter.com/someryan?lang=jaは自由同和会系弾左衛門部落民四足で、コシミズと同じマスコミ関係者(放送制作会社)で、ユダヤヴァチカンカルトの生長の家工作員で、社会の下層や引きこもり・ニート、精神病患者特に被害妄想型統合失調症患者を断種、ホーロコーストしろと言うナチス野郎。
やつらはツイッターでは、福島から避難してきた子供がいじめられたり(単にマスゴミや民進党が関わっているだけだから)
日教組教師が関わるいじめには非難するくせに、mixiでは、
生活保護受給者を「蛆虫、チョン、いじめられて当然だ」と攻撃するくずで、あの吉良上野介やシナの後宮にいた宦官と同じ
く人間と呼ぶに値しない四足野郎です。
やつらこそ日教組教師による戦後教育が生み出したゴキブリだ。
奴等には、ネトウヨやアニメ界に潜む生長の家や崇教真光などの日本会議カルトと共に人権擁護法案を適用し、言論と表現を剥奪しろ。
ナチスのアイヒマンみたいに「ニ精神的去勢をされ、人格が宦官化したゴイムどもに自由はいらない。
上のコメントの続きやけどPS:@torakichi500や@nadhirinがmixiでへーこらならびハッテン行為をし、リアルでは、奈良県橿原市の葛本に住んでいる邪馬台国侍こと杉村という男は、生長の家信者で、コシミズト裏でつながり、NKにハッテン行為を強要し、ちょっかいをだしたり、あの粉吹きこと小吹伸一とホモ中であるsin-dragonこと大阪府堺市に住む木島伸一ともホモ中にある。
ホモは汚い。
そしてうちは基地がい浅野内匠頭基地がいモルモットウンチ君や

https://mobile.twitter.com/mfa_acky

 

れんだいこのカンテラ時評№1296

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2016年12月12日(月)21時43分6秒
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   神仏参り、信仰、祈念の効能考その4、南京大虐殺事件考

 さて、「神仏参り、信仰、祈念の効能考その1、その2、その3」を受けて「南京大虐殺事件考」をしておく。どう結びつくのかは後で述べる。本稿は気が滅入るほど重いけど、やはり言わなければならないと決意して書き上げる。

 南京大虐殺事件の通説は、「先の大東亜戦争で日本軍は、台湾、朝鮮、支那、その他行く先々で乱暴狼藉の限りを尽した。その最たる例が南京大虐殺事件であり、調子乗り事件が百人斬り事件である」と教えている。これにより、「西の横綱級大虐殺がナチスによるユダヤ人大虐殺500万人、東の横綱級大虐殺が日本軍による支那人大虐殺50万人」と喧伝されて今日に至っている。これは本当の話だろうか、これを愚考したい。

 これを「その通り」と唱和し、これによりナチスと日本軍断罪を満腔の怒りで糾弾すればするほど人道的で民主主義的で或いは左派的であるとして口角泡を飛ばす競い合いをして来たのが戦後民主主義者である。私は30歳頃までそっちの陣営に居たのでよく分かる。だが年の功と云うべきか次第に日本の格式、伝統の質の高さに目覚め、やがてそれが日本耽美主義に靡き始め、そうなると日本的伝統をないがしろにする戦後民主主義論を鵜呑みにできなくなり、その発展系としていつしか「西の大虐殺論、東の大虐殺論」を眉唾し始めるようになって今日に至っている。

 そのきっかけは次の知勇者の啓蒙による。「南京大虐殺事件」については、1973年、日本のノンフィクション作家・フリージャーナリストの鈴木明・氏が、TBS在職中に執筆した「南京大虐殺のまぼろし」で狼煙を上げた。同書は、第4回(1973年)大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。これに対し、事件肯定派から手厳しい批判を浴びせられ今日に至っているのは衆知の通りである。

「ホロコースト」については、西岡昌紀医師が雑誌マルコポーロ1995.2月号の「ホロコースト50周年」記念特集で「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」を発表し狼煙を上げた。これに対し、ナチス犯罪追求のユダヤ人組織サイモン・ヴィーゼンター(略称SWC)が猛然たる抗議を仕掛け、雑誌マルコポーロ廃刊、花田編集長解任、マルコポーロ発行元の文芸春秋社の田中社長辞任、同社は80名以上の大規模な人事異動を余儀なくされた。これも衆知の通りである。

 通説は未だに両説を袋叩きにしている。しかしながら、れんだいこは両氏の説に軍配を挙げる。その理由を以下に記す。これを解くのには、れんだいこ史観が必要となる。これを披瀝して一考を賜りたいと思う。ここでは「南京大虐殺事件」のみ採り上げる。「果たして日本人は、云うところの敗戦投降万歳している兵士、無辜の人民大衆に対し、大虐殺事件を起こし得る民族だろうか」、ここを原理的に問いたい。ここまでの「神仏参り、信仰、祈念の効能考」で見てきたように、幼少より「氏宮-氏子思想」で育られて来ている日本人をして、敗者に対する「無慈悲無惨な虐殺」、「婦女子に対する凌辱殺害」なぞできないのではなかろうか、こう問いたい。

 「無慈悲無惨な虐殺」、「婦女子に対する凌辱殺害」に興じられるのは、人を人と思わず畜生視する傲慢選民主義で育っている国際ユダ邪系だけではないのか。事実はこうではないのか。世界の諸国民は概ね平和的で、経済活動もシルクロード交易を編み出しており、そういう歴史を連ねている。それに比して、国際ユダ邪系の犯罪こそがどぎつい。彼らにこそ「無慈悲無惨な虐殺、婦女子に対する凌辱殺害、強奪、搾取」がついて回っている。あたかも一手専売の感がある。この系は、手前たちはホロコースト被害を子々孫々まで糾弾し、それを口にする裏側で今でもアラブ(イスラム)、アフリカ、その他諸地域で「ガザ・ホロコースト」を続けている。これはよそ事ではない。やがて「日本ホロコースト」の日も近い。

 日本は、従軍慰安婦問題でも謝罪行脚させられ続けているが、どこの世界に管理売春の方が凌辱虐殺よりも罪が大きいなどとする理屈があり得るだろうか。「虐殺よりも管理の方が加害的に重責」なる倒錯論理を弄ぶのが国際ユダ邪の特徴である。こういう理論に慣れると必ず精神が変調する。そういう精神変調者が国際ユダ邪指導部、その各国イエスマンを占めており、連中により世界が弄ばれているのが現状だ。

 もとへ。日本の問題に限って論ずるが、仮に南京大虐殺事件があったとしようか。その場合でも、その犯罪者は「元々の日本人即ち縄文日本人」(仮に単に「縄文日本」と表記する)ではない。なぜなら、「縄文日本」ならば、勝負のケリをつけるまでは戦うが、勝負のケリをつけた後の乱暴狼藉は少なくとも「控えめ」にしかしない、できない、頃合の手打ちを良しとして後は和合に向かう。そういう風に教育されており、それは既に日本人の遺伝子になっている。してみれば、仮に南京大虐殺事件が史実だったとすれば、「縄文日本」の立場からは異様なあるまじき事件だったことになる。

 仮にそれが史実なら、「縄文日本」の手によるものではないと考えたい。出てくる結論は、日本人化されていない帰化系もしくは不良系の者の手による犯罪だったことになる。実際には、逃亡支那兵の物資略奪に伴う「ついでの凌辱殺生」もあったようである。あるいはこちらの線が大いに考えられる。即ち、国際ユダ邪が、用意周到な戦後糾弾対策として、「傭兵によるヤラセ的な凌辱殺生」を仕掛けていたのではなかろうか。あるいは、「これに呼応する陸軍犯罪」もあったのかもしれない。そういう訳で、元日本兵士証言は厳密に精査されねばならない。なぜなら国際ユダ邪的戦後風潮の長期マインドコントロール下にあっては日本軍犯罪証言が誘導的に自然発生することも考えられるからである。日誌といえども改竄されている場合もないとは云えない。

 よって結論は、史実的に精査検証して、是認、否認の両派の見立てをすり合わせて後に、したたり落ちる知恵の如き史実となし得るものにのみ立脚して言論化せねばならないと云うことになる。東の南京大虐殺事件も西のホロコーストもそういう意味では精査検証不足のままにプロパガンダ性の高い国際ユダ邪式反戦平和論の見地から奏でられているものであって、我々はそういう架空説教に頼らない自力の反戦平和論を構築せねばならないと考えている。

 私の見解によれば、日本の戦時下犯罪は西欧列強のそれと比べて案外と少ない。逆に概ね善政を敷いたことで好評価されている例こそが珍しくない。あたかも、帰化系、不良系、国際ユダ邪系日本人の手による犯罪に対して、それを償うかのように概ね善政で応える「縄文日本」の働きが刻まれている。この例は枚挙にいとまない。こういうところにも注目すべきだろう。

 日本人は、こういう「縄文日本」と帰化日本人、不良日本人との混成である。加えて国際ユダ邪の子羊になるのか、面従腹背するのか、抵抗するのか、無関心なのかの四派から成っている。このどちらの系が支配権を持つかで世の中が大きく変わる。例えて云えば、戦後から角栄政治までが「縄文日本」政治であり、それ以降から今日までが「反縄文日本」政治である。「反縄文日本」政治を特質とする現代日本政治は、国際ユダ邪に言われるがままの日本破滅方向政治を勤しむ。それを国際貢献と礼賛している。正確には国際ユダ邪貢献でしかなかろうに。

 だから、促されるがままに自衛隊を南スーダンに派兵し、戦死すればするほどよくぞ国際貢献してくれたと随喜して滂沱する。福島原発が爆発し、未だに手に負えないのに原発再稼動、原発輸出に励む。狂っているのだが、痴呆症と一緒で狂っていることが分からなくされている。こういう連中が国会に与野党共々屯しており、それも不正選挙によって選出された議員がほとんどと云うおまけつきである。あほらしやの鐘が鳴る。
 

れんだいこのカンテラ時評№1295

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2016年11月25日(金)17時42分15秒
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   神仏参り、信仰、祈念の効能考その3、キリスト教解禁と山伏修験道弾圧の相関考

 知られていないが、明治政府は山伏修験道を徹底的に弾圧している。なぜここまで叩いたのか、その理由、事情を考察せねばならないのではないのか。政治運動で事足り派には理解不能であろうが、精神界の抗争も実は立派な政治運動である。と云うか、最も根源的な政治運動と云うべきかも知れない。これも、れんだいこ史観の一つである。と云う観点から、明治政府の山伏修験道弾圧事情を解析しておく。

 山伏修験道弾圧事情に、明治新政府に忍び寄った国際ユダ邪の陰を見て取ることができる。この頃既に然り、その後はなおのこと、日本政治が国際ユダ邪に操られている線が窺われる。巧妙に隠されているが、それは彼らの統治手法としてのスティルス(stealth)術によるものである。明治維新政府が目指した中央集権的国家、その日本型統治形態としての天皇制祭政一致国家化は実は近代化でもなんでもなく、日本の歴史的伝統的政体を国際ユダ邪式植民地化に都合の良い政体に変質せしめたものだったのではないのか。これに合わせて形成された近代天皇制国家神道も然りで、表見は幕末の国学や尊王思想の流れで生み出されたもののように見えるが、その実は国際ユダ邪の好む政策物でしかなく、国学や尊王思想の流れを逆手取りして生み出した狡知術によるものではないのか。

 山伏修験道排撃はこの流れから発生しているのではなかろうか。山伏修験道は日本独特の神道と仏教の混淆宗教であり、これが在家的であるが故に下々一般大衆にまで奥深く食い込んで日本精神を形成させていることからして、これの手強さを認識し、これを排撃せずんば国際ユダ邪式植民地化が首尾よく進展しないことを思想的に熟知しての山伏修験道排撃ではなかったか。してみれば、国際ユダ邪の正面の思想政策が近代天皇制国家神道の創出であり、裏のそれが山伏修験道排撃であったと、こう構図すべきではなかろうか。近代天皇制国家神道と山伏修験道排撃とはかように裏合わせの関係になっているのではなかろうか。

 これを確認するのに、1868(慶応4)年3月の太政官布告(通称「神仏分離令」、「神仏判然令」)。1870(明治3)年1月、詔書「大教宣布」。この頃、仏教施設の破壊運動、即ち廃仏毀釈運動が全国的に組織されている。廃仏毀釈による主な廃寺は、平等寺(大神神社別当寺)、大御輪寺(大神神社神宮寺)、内山永久寺(石上神宮別当寺)、白雲寺(京都愛宕神社神宮寺)、中禅寺(筑波山神社関連寺院)、福昌寺 (鹿児島市) (薩摩藩島津氏の菩提寺)等々。

 廃仏毀釈により破却された神塔は、與杼(よど)神社宝塔、上野東照宮本地塔、秋葉権現多宝塔、久能山東照宮五重塔、紀州東照宮三重塔、北野天満宮多宝塔、石清水八幡宮大塔、鶴岡八幡宮大塔、江島三重塔、諏訪大社五重塔(上社)、三重塔(下社)、吉備津神社三重塔、日御碕神社三重塔、多宝塔、足助八幡宮多宝塔、石清尾八幡宮多宝塔、金比羅大権現多宝塔、室明神社多宝塔、天野神社多宝塔、平野熊野神社多宝塔等々。歴史的名声のあるパワースポットが集中的に狙われていることが分かる。

1872(明治5)年1月、梓、巫女、市子、憑き、祈祷、狐下げ等の所業禁止。同年2月、太政官布達第58号「神官給禄定額ヲ定ム」で官社以下の神官の給録を制定する。これらは修験道狩りの前座となる。9.15日、太政官布達第273号で「山伏の道、修験道は今後いっさい廃止する」修験道廃止令が発布された。これにより、本山派修験、羽黒修験は天台宗に、当山派修験は真言宗に所属するものとされた。「修験道廃止令」以降、公には山伏は存在しなくなり、真言宗、天台宗のいずれかに属するか、神官となるか、帰農するしかなくなった。

 さらに追い打ちをかけるように明治政府は、山伏の収入源であった行為を禁止する命令を相次いで出している。これにより、修験道は一宗としての活動が禁止された。明治政府は、このように山伏修験道を弾圧した。これにより凡そ17万人とも18万人とも云われる山伏たちは帰俗を促され、あるいは天台、真言の僧侶、神職に転ずることを余儀なくされた。修験道につき、より詳しくは「別章【山伏修験道考】」で確認する。

 他方でこの年、プロテスタント史上、最初の受洗者12名が洗礼を受けている。翌1973(明治6)年、「切支丹邪宗門禁制高札」が撤去され、横浜公会を母体とした「日本基督公会」が発足している。これより日本キリスト教の公式合法布教が始まっている。

 思えば、大政奉還後に成立した明治新政府による「国粋主義による神道擁護&仏教排撃」なる通説は虚説であり、真の狙いは山伏修験道をターゲットにして引き起こされた騒動だったと感がある。それは、戦国期に侵入したキリスト教イエズス会の宣教師バテレン活動によるキリシタン大名を唆(そそのか)しての神社、寺院の焼き討ち史と重なっている。戦国期の神社、寺院の焼き討ちが明治初期にも起り、これが「廃仏毀釈運動」の正体であったと解するべきではなかろうか。なぜなら、幕末の国学や尊王思想の線から仮に近代天皇制国家神道が生まれたとした場合に、神仏分離令までは出しても、寺院や仏像等の破壊焼却までは起り得ないからである。「廃仏毀釈運動」はそれとは別の奥の院指令と窺うべきではなかろうか。なぜなら、本来の日本神道は、自然現象を敬い、その摂理から学ぶ八百万の神を見出す多神教であり、神仏共生で一向に構わない共存性を特質とするからである。排他的暴力は、それをやらせた司令塔が別に居たと考えるべきではなかろうか。

 近代天皇制国家神道は、現天皇を現人神として崇拝し、天皇による祭/政/軍を一体化した国家体制を精神的に鼓吹したが、その理論構図が奇しくも国家による一神教化となっている。こういう一神教化は八百万の神々の共存共生を前提としている日本神道、日本精神と合致していない。近代中央集権国家も近代天皇制国家神道も外来物でしかない。正しくは、国際ユダ邪好み中央集権国家、国際ユダ邪好みの近代天皇制国家神道と見なすべきだろう。

 こう捉えないような学問や政論ばかりが流され、わざわさにスコラ的に難渋にされ、その一知半解をそのままに受け入れ御用聞きする者をして人材登用される道筋が拵えられている。そうであるが故に、それによって出てくるのはいつも決まって「粗脳故のお粗末権力者」ばかりである。この「粗脳故のお粗末権力者」は偶然に生み出されているのではなく、敢えて言えばこういう仕掛けにより養殖増産されているのではなかろうか。

 日本の社会は、上に立つ者をして、そういう「粗脳故のお粗末権力者」を据えながら、下々が何とかやりくりして来た歴史である。三百年に一回ほど、「有能故の善政権力者」が登場する。この異能鬼才者の登場があるからこそ今日の日本にまで辿り着いている訳であるが、こたびの日本列島原発屋敷化、その生体実験国家化は、永久に「有能故の善政権力者」の登場を塞ぐことになるかもしれない。それ故に、今なら辛うじて間に合うかもしれない期待で、脱原発派にしてゼツなる「有能故の善政権力者」を請う訳である。
 

れんだいこのカンテラ時評№1294

 投稿者:れんだいこ  投稿日:2016年11月17日(木)12時30分2秒
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   神仏参り、信仰、祈念の効能考その2、日本のお参り好きは誇るべきこと

 ところで、日本にはこういう参り場所の密度が世界一高い、つまり神社寺院数が世界一多いのではないかと思われる。他でかくも多い国があれば自ずと知れるであろうが、私が知らないということは、他にはないからだと思われる。しかも、明治維新政府の宗教政策でかなり権力的乱暴に整理され廃社廃寺されてなおそうなのである。これを確認するのに、キリスト教の解禁との絡みで捉えればなお能く見えてくる。即ち、キリスト教については禁教から開教に展開していく。これに反して、国内の神道、仏教、幕末創始宗教に対しては統制色を強めている。1871(明治4)年の全国神社の5段階格付けによる整理統合、1906(明治39)年の内務省神社局による「神社合祀令」により、神社数は19万社から12万社に激減、7万社が取り壊されている。その昔は村ごと町ごとに複数の神社があって、その土地土地を守護していたのであろうが、原則一村一町一社に向けて淘汰整理されていったようである。

 それがどうしたという者も居るだろうが、れんだいこは、これほど神社寺院が多いことは日本の誉れ、誇りであると思っている。日本神道の産土(うぶすな)信仰のお陰だと思っている。諸外国にもあるにはあるだろう。キリスト教は教会、ユダヤ教はシナゴーグ、イスラム教はモスク、中国の儒教では廟と云う、そういうものが無数にあるあるだろう。それは、人と云うものは、こういう参り場所を持たずには生きられない脳構造していると云うことではなかろうかと解している。その数に於いて秀でて日本に多いということは、それだけ精神文明が発達しているということではあるまいかと思っている。

 その昔、日本にキリスト教と云う名のユダ邪教式キリスト教が伝播してきたことがある。時は、日本史上の戦国時代であるが、戦国大名は、新しい神観もさることながら、鉄砲と火薬を求めて争って帰依した。ところが、一定の信徒を形成したキリスト教がやったことは、日本在来の神社仏閣の破壊であった。これが我が国におけるいわゆる淫祠邪教(いんしじゃきょう)、野蛮宗教視の始まりである。この時、彼らは、本籍ユダ邪教を丸出しにして、選民主義の教えに則り邪教撃つべしとして焼き討ちし始めた。日本在来の神社仏閣は堪え、相手が何者かを見定めた後、排撃して行った。これは理の当然であろう。なぜなら、日本の宗教の作法は共存共生型であるからである。日蓮式の唯我独尊程度ならまだしも許容できようが、自派のみ正しく敵対党派は全て殲滅すると云う思想とは共に天を戴くことができなかった。そういう思想的な根本的対立事情もあって、その後鎖国へと導かれることになった。これにより世界史の潮流から遅れることにもなったが、日本が独立自存し得た功績も多かろう。

 世界史を見よ。近代に入って、世界は、西欧列強の植民地支配の波に襲われた。まずアフリカが侵略され、インド、東南アジア全域が支配下に組み込まれた。その波が北米、南米に及び、オーストラリア諸島にまで及んだ。この間並行的に極東アジアが狙われ、清国、台湾、沖縄、朝鮮が籠絡された。そして最後が日本になる。この時点で地球上に残っていた独立王国はハワイと日本のみであった。そのハワイがやられ、最後が日本となった。ハワイ王のカラカウア王が秘密裏に日本に助けを求めてきた時、その秘密外交は国際ユダ邪に筒抜けにされていた。既に日本政府はその程度に籠絡されていた訳である。哀れなのはハワイ王でその後、薬物中毒にされ廃人にされた。これが世界の近現代史の流れである。

 それはともかく、日本は直接植民地にされることなく何とか持ちこたえた。これは何故にそうなのか。れんだいこは、武力の強さによって自衛できたのではないと思っている。日本が営々と歴史的に積み上げ継承してきた日本的思想、宗教の秀逸さによってではなかろうかと思っている。ならば、日本的思想、宗教とはどういうものか。それが面白い。何と、日本的思想、宗教には文字化された教本、例えば聖書(バイブル)のようなものがない。あるのは祝詞、他には所作、作法、様式があるばかりで、日本人個々が悟り体得する式のものとなっている。これが逆に凄いと云うことになる。なぜなら、姿かたちが見えないので、そういうものを壊しようがないからである。日本的思想、宗教は、文字式思弁を超えており、それ故に時空を超えて生き続ける高次なものである。常識的には逆であるが、この場合には逆も又真なりと云えるのではあるまいか。

 そういう秘密の思想的宗教的思惟もしくは感情の豊潤さこそ日本の宝であり、神社仏閣がこれを護持生育せしめてきているのではあるまいか。神社仏閣には、ああろしろこうしろいうものがない。されど、不文の文が生きており、参詣者を感応せしめる神聖さを保持している。且つこの神聖域は日本列島の隅々に配置されており、我々が容易に参拝できるようになっている。それは氏宮氏子の関係から始まる。個人的家族的な七五三、元服、結婚式、その他その他。共同体的な年々参り、年々祭り。この仕組みはかなり高度にして文明的なのではなかろうか。かく窺うべきではなかろうか。

 その日本的思想的宗教的思惟が21世紀を迎えて俄然注目されつつある。それは、西欧に発する産業革命以降の工業化が自然を支配する思想に導かれて地球環境を破壊してきており、遂には原子核爆発科学に行き着き、これより地球の生態系そのものを危うくすることになったからである。つまり科学の発展を御せないところまで定向進化させて混迷を深めつつある。この局面から過去を振り返ったとき、自然との共生を図りながら産業を維持して来た日本思想、日本宗教としての神道的思惟様式が見直されることになる。これを述べれば紙数を増すばかりなので控えることにするが、今後はむしろ高度に発達していると考えられる日本思想的宗教的思惟様式を主潮流とすることによって世界秩序が再編されねばならず、それによってのみ地球が救われるのではなかろうか。

 神社寺院巡りは、そういう課題をも内包しているように思われる。してみれば、神社寺院で世界平和を祈念するのは至極似合う話だと云うことになる。神社寺院巡りを軽視する風潮があるとすれば、その者たちこそ軽薄の誹(そし)りを免れまい。戦後民主主義教育はこの面で軽薄であった。神社寺院巡りを軽視する風潮を意図的故意に助長してきた。そういう意味で、戦後民主主義擁護論には片手落ちの感がある。国際ユダ邪配下のウヨどもによる日教組批判には同調しないが、このことを日教組自身が内部から理論切開し、日本古来の固有の文化伝統を正しく評価しつつ国際対応化する理論を生み出さねばならないと思う。そういう見直しの機運が起こることを願うものである。そういうことを考える次第である。
 

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