teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


ついに終着かぁ~~~

 投稿者:すぬーぴー  投稿日:2010年 4月 6日(火)00時52分55秒
  ほんとに、毎日の気温変化が激しいです。
明日は、21℃の予想が出てるけど、明後日は又15℃だって。
それから三日間涼しい(寒い???)日が続くそうです。
今年の桜は、長持ちしてます。

高山病って、ほんとに、低い所に下りてくると治るんですね。
食欲出て、良かったですね。
お寿司、どんなにか美味しかった事でしょう!
終わり良ければ、全て良し!で。

私も、ペルーの旅を楽しませてもらいました。
ありがとう!
次は、どこかな?
 
 

ペルー旅行記 最終回

 投稿者:犬の遠吠え  投稿日:2010年 4月 5日(月)08時38分40秒
  一週間前最後の雪が降って予想外の積雪。
かと思ったら、今週はぐんぐん気温が上がって、昨日は27℃。
この時期としては記録的な暑さで、家の前に植えた枝垂れ桜も一気に開花です。
日本も桜満開でしょうね。

リマに戻って高山病から解放され、ペルーの旅も残り2日。
リマの市内観光で印象的だったのは、サンフランシスコ教会の地下にあったカタコンブ(地下墓地)です。
話には聞いていましたが、実際に見るのは初めて。カタコンブのある教会はたくさんあるそうですが、
見学できるのは数少ないとのこと。
地下に入るとかなり大きな教会の地下に、廊下が縦横に作られ、頭蓋骨から手足の骨まで、
ものすごい数の人骨が並んでいます。この地下は三階まであって、1階だけで、20000人を超える
人骨が確認されているそうですが、全部で何人の方が眠っているかは分かっていないそうです。
この教会はインカ帝国を滅ぼした、サンフランシスコの名を冠しており、教会としてもかなり立派な
カトリックの教会です。最後の晩餐他多数の宗教画があり、古書の詰まった図書館もそのまま保存されています。
もうひとつ印象的だったのは、立てこもり事件のあった旧日本大使館です。
旧大使館はすでに取り壊されていますが、残っている壁には銃弾の跡もまだ生々しく残っています。
印象的だったのは、むしろ現在の大使館。厳重な壁に取り囲まれ、何やら要塞の様です。
我々の宿泊しているホテルは、リマ郊外の海岸沿い。
ペルーの海岸はほとんどが断崖絶壁で、ホテルも崖の上の公園とショッピングモールに面して建っています。
この辺りは治安も良く、夜も出歩けます。
夕食はちょっと食欲が戻って、ショッピングモールのレストランでパエリアの夕食。
クイックマッサージ屋さんが出ていたので、二人で疲れをほぐしてもらって元気を取り戻しました。
最終日は出発まで自由行動。とは言っても飛行機は夜行便なので、丸一日あります。
ホテルの周りの町を散策しながら、お土産探しです。
都市交通はバスが中心。でも、大型バスは少なく、マイクロバスやバンがたくさん走っています。
停留所も路線図もさっぱり分からず、我々は徒歩で散策です。
そのマイクロバスの1台に日本語発見!正面に「東京福祉バス」の文字の入ったプレートが、
上下逆にハマッています。こちらは輸入中古車が多く、このバスもその類だそうです。
でも左ハンドル??後でガイドさんに聞くと、左ハンドルへ改造して使っているそうです。
ハンドルを変えるのはそんなに簡単では無いハズですが・・・
交差点の角で$マークを付けた人があちこちに立っています。
これは両替屋さんです。ペルーの通貨はソル。この辺りは観光客が多く、一方、
カードの使えない店も多いので、両替屋さんは大変便利です。
また、カードを使う際にはパスポートの提示を求められることが多いです。
ペルーの旅には予想以上に現金が必要でした。
最後の夕食はガイドさんから、「おいしいよ」と聞いていたおすし屋さんへ。
アメリカでも良く騙されるので、あまり期待していなかったのですが、これが美味!!
握っているのは、ペルー人の様ですが、ネタもシャリもOK。
久しぶりにおいしい寿司にありつけました。
一週間のペルーの旅は不思議なものばかりでした。
日本からは遠いのでなかなか行けない国ですが、一見の価値ありだと思います。
だらだらと長いレポートにお付き合いいただきありがとうございました。
おしまい。
 

ペルー旅行記 part5

 投稿者:犬の遠吠え  投稿日:2010年 3月22日(月)01時48分4秒
  サマータイムがはじまり、ここはアメリカ東部時間ですが基準点から西にずれているので、
今日、春分の日の日の出、日の入りは7時45分頃、夜8時を過ぎても明るいです。
昨秋、庭に植えておいた、チューリップなどがぐんぐん伸びて、スイセンはもう開花しました。
もう雪が降る心配は無さそうです。

マチュピチュに入る手段は、鉄道と徒歩しかありません。
いや、徒歩なんてもんではなく、インカ道で4000m近い峠を越えて、
2泊3日の旅になります。一般人には到底不可能なコースです。
我々の行った1ヶ月後、この鉄道が洪水で流されてしまったので、
復旧するまで、マチュピチュ観光はできなくなってしまいました。
鉄道は、一般車両と展望車両があり、ツアー客はほとんど展望車両に乗っています。
私たちの周りにも、日本からの観光客がたくさんです。
鉄道はウルバンバ川(聖なる川)沿いを下って、標高2400mのアグアスカリエンテス駅を目指します。
雨季なので、水量も多く、茶色い濁流が勢いよく流れています。
標高が低くなるにつれて、樹木が増え、いつしかジャングルに変わります。
展望車は天井に窓がついていて、時々雪を被ったアンデスの山々が見えます。
簡単な朝食もサービスしてくれますが、相変わらず食欲はいまひとつ・・・
3時間程でアグアスカリエンテス駅に到着、ウルバンバ川沿いの切り立った山に囲まれた小さな町です。
駅を降りると、屋台のお土産屋さんがいっぱい。
そこを抜けると、ウルバンバ川に注ぐ小さな川沿いにレストランやホテルや土産屋が並んでいます。
どこか、日本の温泉街の様ですが、ここは本当に温泉が出るのだそうです。
天空の都市マチュピチュへはここからバスに乗って、標高2800mまで登ったところにあります。
マイクロバスがお客を次々に乗せて、ピストン輸送です。
10分位でマチュピチュの入り口に到着。いよいよマチュピチュ観光ですが、その前に・・・
入り口の横に有料トイレがあります。海外ではそんなに珍しいことではありませんが、
驚いたのはトイレットペーパー。トイレの入り口でチップを払いますが、ここでトイレットペーパーを
必要な分だけ取って中に入ります。中の個室にはトイレットペーパーはありません。
ここだけではなく、ペルーのデパートや公衆トイレも個室には紙が無いところがあります。
だいたい洗面台の横あたりに置いてあります。
慌ててペーパーを取らずに個室に入ると・・・・もっと慌てる羽目になります。
トイレットペーパーの盗難予防でしょうか???
中には、便座が全て取り外されたトイレもありました。
便座も盗難予防???
話が脱線しました。いよいよマチュピチュに入ります。
写真やテレビで見る風景ですが、実際その場に立つとスケールの大きさにびっくりです。
町はいろんな神殿、居住区、みごとな段々畑、職人さんの仕事場に分かれていて、しっかりとした計画都市です。
ここでも、精巧な石垣や石を積み上げた壁があり、下水道も整備されていて、技術の高さには驚きです。
また、日時計(とは言っても時間ではなくて、太陽の昇る方角から季節(種まきや収穫時期)を判断する時計)も
あって、高度な天文学知識を持っていたのがわかります。
1911年に木や草に埋もれたこの遺跡をアメリカ人が発見したと言われていますが、地元民はここに遺跡があるのを
知っていたそうです。しかし、記録が残っていないので、誰が何のためにこんな所に町を作ったのかは謎のままです。
ぐるっと一周するのに2~3時間程度掛かりますが、ちょっと標高が低くなったので、無事に歩けました。
この時期にしてはめずらしく、天気が良かったのも幸いでした。
帰りの鉄道で軽食が出され、眠りに誘われたところで、サプライズ!!
いきなり民族舞踊がはじまりました。毛糸で作られたお面を被っていますが、どうやら先ほど食事を出していた
乗務員の一人の様です。そのあとはアルパカ製品のファッションショー。これもまた乗務員さんです。
思わぬ展開に社内は大変な盛り上がりです。特にイケメン乗務員のジョン君がちょっと照れながら何度も着替えて
登場するので、みんなの笑いを誘います。帰りの3時間も楽しい車内になりました。
この鉄道が不通になって、皆さんどうしているのでしょうか?
一日も早い復旧を祈ります。
これで高地の旅は終了。明日はリマに戻って、リマ市内の観光です。
次回が最終回になるかな??                                          つづく
 

定演3月21日

 投稿者:サワラメール  投稿日:2010年 3月20日(土)00時04分32秒
  安城在住、岡崎混声のサワラです。
岡混、岡高コーラス部の第31回定期演奏会が、
愛知芸術劇場コンサートホールにて、
3月21日(日)13時15分開場、14時に開演します。
今回の岡混、岡高コーラス部の合同メインステージは、
現代作曲家ながら、まったく作風の違う、ウィテカーと、マンテヤルヴィ です。
合同は150人を超えるステージになります。
今年は、「チケットが足りない!!」という、ここ3年の状況とは様変わりでして、
当日券に回すチケットが、た~くさん残っているとのこと。
S席はほとんど完売ですが、A席(1000円)は200枚近くあるそうです。
不況の影響なのかなぁ、集客力自体が低下してるのかなぁ、
2009年度のコンクール全国大会は、どちらも銀賞だったしなぁ。
ということで、当日券はまだたくさんありますので、お時間の許す方は、
ぜひ、聴きに来てください。結構、刺激的な発見があるかも。
個人的には、1ステの谷川+三善の「生きる」を歌えるだけで、幸せを感じています。
ではでは。
 

いよいよマチュピチュ

 投稿者:すぬーぴー  投稿日:2010年 3月17日(水)00時25分59秒
  こちらも、一日毎の寒暖の差が大きく、昨日は暖かいと思ってホッとしてると、今日は、又コートコート・・・って感じで、身体が付いて行くのが大変です。

カピバラさん、食べちゃうの?
ホテルのルームサービスには無いよね。

高山病みたいなのは、そろそろ解消していきました?
ペルー旅行も、いよいよ佳境に入りますね。
続き、よろしく。
 

ペルー旅行記 part 4

 投稿者:犬の遠吠え  投稿日:2010年 3月14日(日)01時11分5秒
  この一週間急に暖かくなって、昨日はなんと最高気温が21℃!
内陸なので、春は短く、一気に夏になります。
でもまだ3月、大きな寒暖を繰り返しながら、夏に向かうでしょう。
時間も明日からサマータイム、日曜日の早朝に時間が1時間進みますので、
ちょっと寝不足になります。

さて、ペルーの続きです。
クスコの2日目は、車でピサックという街の市場やオレンタイタンボ遺跡を回ります。
まず最初は近くの動物園というよりは動物の保護施設です。
アンデスの皆さんは日本と同じ多神教なので、全てのものが神様になります。
空の神はコンドル、地上の神はピューマ、地の神はヘビです。
ここにはこれらの動物の他アルパカやインコなどにも会いました。
コンドルとは、並んで記念撮影。
コンドルも慣れたもので、堂々として撮影に応じてくれます。
この辺りの家の屋根を見ると、沖縄のシーサーみたいな魔よけが屋根にあります。
アンデスの皆さんは顔立ちも日本人と似たところがあって、欧米人とは違う親しみを覚えます。
ガイドさん曰く、アンデス民族は蒙古斑があるそうで、ガイドさんのお子さんにもあったそうです。
次はピサック広場、観光客向けですが、たくさんの屋台市場が出ています。
食材はこちらの名産のたくさんの種類のじゃがいもなどですが、パネトーネを売っているあたりに
スペインの文化も感じます。衣料はなんといってもアルパカのセーターなど。
アンデスの伝統色はとっても鮮やかです(そうですフォルクローレの衣装です)が、
その染料を売っている店もありました。岩などから染料を作るのですが、
サボテンに付いた虫からも取ります。途中の道端でガイドさんが取って見せてくれました。
白い虫ですが赤茶色の体液を持っています。
フォルクローレの楽器屋さんもありました。(さすがに屋台では無く、ちゃんとしたお店です)
ぶどうの房の様にアルパカの蹄を繋ぎ、振ってカスタネットの様な音を出す楽器もありました。
アルパカはセーターだけかと思ったら、楽器にもなるとは・・・。
ある店の片隅でカピバラ(ネズミの大きいやつ)が飼育されていましたが、なんと食用なのだそうです。
お昼ご飯はペルー料理のバイキングでしたが、相変わらず食欲は無し。
でも、フォルクローレの生演奏を聞かせていただきました。これがなかなかの腕前!!
午後はオレンタイタンボ遺跡へ。
この遺跡もインカ道にあるインカ貴族の休憩所だったと言われています。
ここでも見事な石積みが見られます。沐浴した泉がありますが、朝日の入る方に窓があり、
朝日も浴びながら沐浴する様に作ってあります。
ナスカもそうでしたが、自然に対する信仰心と天文学の知識を持っていたと思われます。
ここも山の斜面に立っていて、上の方まで上がれるのですが、息苦しいので途中で断念です。残念!!
帰り道は、3800Mの峠を越します。そのあたりに新たな国際空港建設の構想があるそうです。
クスコの空港は山に囲まれて危険(確かに降りる時、すりばちの小さな底に下りる感じで、ちょっと怖かったです)
なのと、クスコよりもマチュピチュ観光が便利になるのがその理由です。
でもせっかくのアンデスの自然(この辺りは一面じゃが芋畑です)を壊してしまうのはどうかなぁ??と思います。
また、いきなり3800Mに飛んできたら、ますます高山病に苦しめられそうですけど・・・。
ホテルに戻って、夕食はルームサービスで済ませて、紅白の続き(再放送してました)を見て早めの就寝。
3日めのマチュピチュ観光に備えます。                               つづく
 

3月22日

 投稿者:POOH  投稿日:2010年 3月12日(金)19時30分49秒
  新年会の報告のときに予告しました宴会のお知らせです。
場所は 今昔物語本店 (栄シダックス斜前)
午後6時~(2時間程度) 会費は3500円の料理プラス飲み代です。

その日は名工大の(指揮者の濃い)演奏会があり、演奏会を聴きに行くメンバーと宴会の話が出た次第です。
その後少々時間があるのですが、栄なら何とか時間つぶしもできるし、演奏会にいかない人も参加するかも?と思い午後6時にしました。
8名で予約してありますが、変更は可能ですので、「私も!」という方は20日までに連絡をお願いします。
お店はHPがあるので、詳しく知りたい方は検索してみてください。
行きたいけど場所が分からない方は、どこかで待ち合わせをしていくこともできますので、相談してください。

それではよろしくお願いします。
 

ペルー旅行記 Part 3

 投稿者:犬の遠吠え  投稿日:2010年 3月 8日(月)09時59分50秒
  今回は犬がレポートします。
クスコでの3泊4日は、1日目がクスコ市内観光、2日目がクスコから車で遺跡めぐり、
3日目はマチュピチュ観光です。標高はマチュピチュが一番低いのですが、
遺跡の中を歩かなければならないので、この順番が良いのでしょうね。
まずは市内観光から・・・
ご存知の様に、この地域はインカ帝国が栄えた後スペインに支配されて、
その後独立を果たした歴史ですので、遺跡も、アンデス時代とスペイン時代が混在します。
アンデス遺跡の見所は、かみそりの刃も入らないと言われる、石積みです。
日本のお城の石垣も「どうやって運んで、どうやってうまく積み上げたのか・・・・」と思いますが、
それとは比べ物にならないほど精巧に詰まれています。それが、神殿の壁だったり、城壁だったり・・・。
最も興味深いのは、ホテルのすぐ隣のコリカンチャ(太陽の神殿)です。
ここは、16世紀にスペインに支配される前はアンデスの神殿でしたが、
スペイン人が、アンデス民族の見事な石積みだけを残して、キリスト教会を建ててしまったものです。
その後の地震で、”上物”のキリスト教会は何度も崩壊していますが、
基礎部分のアンデス時代の石積みは未だにビクともしていないそうです。
インカ時代は全てが黄金に飾られていたと言われていますが、
すべて、スペイン人が持ち去ってしまったとのこと。歴史の流れを感じ、考えさせられました。
その他、大聖堂:スペイン人が建てた教会ですが、これはこれで立派なものです、
サクサイワマン城塞跡:ここも、見事な石積みが残っていますが、どうやって、巨大な石を運んだのか、
どうやって切ったのか、どうやって計算して、組み合わせたのか、不思議が一杯です。
知能テストで、積んである積み木の数を、個数を答えるのに苦労する私には信じられません。
タンボマチャイ:ここは、インカの王様や役人が旅をした際の休憩所、水浴場です。
日本で言えば宿場町の本陣でしょうか・・・。インカ道というのがずーっと続いていて、
マチュピチュにも続いています。ここでも、見事な石積みが見られます。
ここは今回の観光で最も標高が高く、3800m近くです。とにかく移動はゆっくり、ゆっくり・・・。
ホテルに戻ると、酸欠でぐったり。出かける元気もなく、持ってきたお煎餅を夕食代わりに早めに就寝。
2日目(大晦日)は早く目が覚めてしまいましたが、頭は重く、気持ちも悪く、
紅白歌合戦をぼーっと見ていたら、集合時間に・・・。              つづく
 

辛そう!

 投稿者:すぬーぴー  投稿日:2010年 3月 5日(金)00時04分33秒
  高山病って、やっかいですね。
食欲までなくなっちゃうんですかぁ~~~。
少年少女合唱団がユングフラウヨッホへ行った時も「絶対走らないで!」って言われてて、そんなオーバーな、って思ってたけど、やっぱり大変なんですね。

コカ茶、って名前は聞いた事あるけど、美味しくないんですか?

マチュピチュ、猫さん達が帰ってから、洪水で大変だったみたいですね。
ニュース見ながら、この辺も歩いてたんだろうなぁ~って想像してました。

オリンピック、こっちはもっと寝不足でした。
何せ、夜中の3:00頃からジャンプ、とか言われると、眠いのと見たいのと、
毎晩、葛藤してました。(笑)
19歳の若い真央ちゃんが頑張ってるの見てると、ジ~~~ンとしちゃいました。
どんな気持ちで、一人リンクの中央に立ってるのかしら?って
自分の事のように、ドキドキで。
エキシビション、ピンクの扇を使って、溌剌と滑ってましたよ。

さぁ、旅行記のPart3 楽しみにしてま~~~っす!
 

ペルー旅行記 Part 2

 投稿者:猫の小言  投稿日:2010年 3月 1日(月)11時46分41秒
  4日めからクスコへ3泊4日の旅です
何が不安かって、やっぱり高山病の症状がどう出るかです
クスコは3300mの高地、0mのリマから一気に飛行機で上がるのですからねぇ
ゆっくり歩かなきゃ!深呼吸をしなきゃ!と言い聞かせながら、飛行機を降り空港ロビーへ
フォルクローレの生演奏でお出迎えでした
そして、私たちはトイレに走る・・・・・
今思えば、すでにこの時から高山病の症状は出ていたんですね
よく知られている症状は息苦しい、頭痛、疲労感ですが
めまい、食欲不振、吐き気、下痢・・・

ホテルに着くとウエルカムドリンクにコカ茶が出されました
あのコカインの原料の葉っぱのお茶です
なんとも言えないまずい!お犬様は嫌だと言って飲みません
南米では日常一般的にお茶として飲まれているらしいですが・・・
でも高山病に効くというので、私は我慢して毎朝飲んでました

直ぐに昼食をとって市内観光だったんですけど、もうほとんど食べられない状態
でも元気よく市内観光へ
ホテルに戻ってくると、体がだるくて、ベッドに横になるともう動けません
何も食べたくな~い
頭が重くて、だるいので酸素を吸わせてもらいました
ホテルには常備されているので、言えば直ぐに酸素ボンベを持ってきてくれて、5~10分位吸うことが出来ます
3000mが境目らしく
ほとんどの観光は2800m前後のところ、マチュピチュも2880mほど
だから昼間は元気なんです、でもホテルに戻るとダウン
そして、朝酸素を吸って元気になってお出かけ。。。という毎日でした
ガイドさんと会うときはいつも元気なので、大丈夫だと思っていたらしい
すぐに体は慣れると言われましたが、なかなか慣れず
途中年越しがあったので、広場に行くといろいろなパフォーマンスなんかがあったり、人が集まってておもしろいよ
と勧められていましたが、それどころではない
おかげで、ケーブルテレビはNHKワールドを受信していたので紅白は見ましたよ、ぼーっとした頭で
そうそう、犬がシャワーを浴びてて息を止めたら、一瞬にして苦しくなるんだって

アンデス(インカ)はじゃが芋の原産地
美味しいじゃが芋を期待していたんですが、いまひとつ・・・
食欲不振で口が不味くなってたのかもしれませんが
ここで食べたものはあまり美味しくなかったので
食欲不振でほとんど何も食べれなかったことに関しては、心残りはありませんでしたけどね
一番美味しかったのは
最後の夜、やっと慣れて外に出たときに食べた屋台の串焼き(この日の夕飯でした)
牛串の先にじゃが芋が丸ごと刺さってて、40円也
まったく言葉が通じないので、指でなんとか・・・

そして、次回遺跡観光編に            つづく




この2週間オリンピックで盛り上がりましたねぇ
時差が3時間あるので、毎晩12時過ぎまで
特にフィギアスケートはかぶりつきでしたね
エキシビション見そこなった。。。
カーリングもおもしろかった
毎晩寝不足でしたよ

先ほどから閉会のセレモニーが始まりました
なんだか、さびしい・・・
 

レンタル掲示板
/10